Tuesday, April 24, 2018

伊勢集24

 式部卿(敦慶親王)がお亡くなりになって、四十九日が終わって、人々が各家に散り退出して―

伊勢
176 かなしさぞまさりにまさる人の身にいかに多かる涙なりけり
(哀しさはいよいよまさる 人の身にどれだけ多い涙であるよ)

伊勢
177 君によりはかなき死にや我はせんこひかへすべき命ならねば
(君により はかなく死んでしまいそう 乞うて戻せる命でないので)


 琴を借りている人に―

伊勢
178 逢ふことのかたみの声の高からばわが泣く音ともひとは聞かなむ
(逢うことが難しく 音が高ければ我が泣く声だと聞いてください)


 人に代わって―

伊勢
179 身に添へて影にも人を見てしがな後やすさを見せんと思へば
(寄り添って影としてでも見たいです 安心感を見せたいのでね)

伊勢
180 夢ならであひみむことのかたき身はおほかた床を起きずやあらまし
(夢以外落ち合うことのできぬ身は ほとんど床を起きずにいよう)

伊勢
181 ぬきためて数も見るべくあらたまの緒ばかりだにもあひ見てしがな
(貫いて数えるための荒玉の糸間だけでも逢っていたいよ)

伊勢
182 我ごとや雲のなかにもおもふらん雨も涙もふりにこそふれ
(我みたく雲の中にも思うのか 雨も涙も降りに降るよ)

伊勢
183 身の浮かむこともしらで河なかにをりたちぬべき心ちこそすれ
(浮いてしまうことも知らず 河中に降り立ってしまう心地がするよ)


 八条大将(藤原保忠)の四十歳祝賀、権中納言(藤原淳忠)がプレゼントした子日の松を家に植えているところ―

伊勢
184 千とせふる松といへども植ゑて見る人ぞ数へて知るべかりける
(千歳経る松と言えども 植えて見る人が千歳になりそうですよ)

柳が多い家―

伊勢
185 我おもふことはいはねどあをやぎの糸さへなびくものにざりける
(我思うことは言わねど 青柳が糸さえなびくものであったよ)

岩の上に鶴が立っているところ―

伊勢
186 盤の上をすみかにしたるあしたづは世をのどかにも思べきかな
(岩の上を住処にしている葦鶴は 世をおのどかにも思うでしょうね)

女郎花が多い野で人が狩りをするに―

伊勢
187 秋の野の花の名だてにをみなへしかりそめに見む人に折らるな
(秋の野の花の名折れに 女郎花 仮初めに会う人に折られるな)

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Sunday, April 1, 2018

伊勢集1

 寛平の天皇(宇多天皇)の時代、大御息所というお局様(藤原温子)に、奈良に親(藤原継蔭)のある人(伊勢)がお仕えしていた。親はとても可愛がって、《並の男には娶らせないぞ》と思ってお仕えさせたのだ。しかし、大御息所の弟君(藤原仲平)がとても懇意に言葉掛けしたので、どうしたことか、女は《親はどう言うだろう》と思ったが、親は「そういう宿命だったのだろう。若い男は信頼しがたいぞ」と言ったのだった。年月が経つうちに、男はその時の大将の家の婿になってしまった。親は聞きつけて《これだからだよ》と思ったのだった。女は限りなく恥ずかしいと思ううちに、男のもとから、親の家は五条あたりだったが、取次が来て、垣根の葉にこのように書きつけた―

藤原仲平
1 人住まずあれたるやどを来てみれば今ぞ木の葉は錦おりける
(通わずに荒れる宿を来て見れば みごと木の葉は錦織のよう)

女はとても情けなく思うものの、しみじみとした感慨を覚えたので―

伊勢
2 涙さへ時雨にそひてふるさとはもみぢの色も濃さぞまされる
(涙さえ時雨に添うから 古里は紅葉の色も濃くなるのです)

と書いて、ネズミモチの枝につけて渡した。旧暦九月ぐらいのことだった。男も見て、限りなく感じ入った。


 女は、《この人は婿になったから、今は来ないはずだ》と思って、昔過ごした奈良にしばらく居ようと思って、こう言い渡した―

伊勢
3 みわのやまいかに待ち見む年経ともたづぬる人もあらじとおもへば
(三輪山でどう待っていよう 年経ても訪ねる人もいないと思えば)

枇杷大臣(仲平)の返歌―

藤原仲平
4 唐土の吉野山にこもるともおもはむ人に我おくれめや
(遠国の吉野の山に籠るなら 君に私は置いてけぼりか)

この返歌、男が詠んで、奈良坂から書き起こしたのだ。

藤原仲平
5 世をうみの泡とうきたる身にしあればうらむることぞ数なかりける
(世をうみの泡と浮かんだ身であれば 恨めしいこと数限りない)

女、返し―

伊勢
6 わたつうみと頼めしことのあせぬれば我ぞわが身のうらはうらむる
(深海だと頼んじさせた言葉褪せ 我こそ我が身の浦、恨みたい)

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最近たくさん読んでいる日本の古典文学の中から,平安初期の伊勢の和歌を集めた私歌集『伊勢集』の現代語訳が見つからなかったので,冒頭部分(いわゆる伊勢日記)だけ訳してみました.和歌は例によって音数そのままに口語訳しました.

参考文献

  • 犬養廉ほか校注,『新日本古典文学大系28 平安私歌集』(岩波書店,1994)
  • 中島輝賢,『コレクション日本歌人選023 伊勢』(笠間書院,2011)